中国西域紀行

中国西域紀行
            中田 良一
[1]カシュガル
成田から北京へ、一泊して翌日北京から烏魯木斉乗換で7時間余、中国最西端の町新疆ウイグル自治区カシュガルに到着した。事前に「旅行案内」から俄勉強で得た予備知識は次のとおり。
【西安から西へ向かう「天山南路」と「西域南道」が合流するところ。西洋と東洋を結んだシルクロードの凝縮された町である。1960年から70年にかけて起きた文化大革命は、遠く離れた辺境の町の交易にも多大な影響を及ぼした。冬の時代が去り、80年代に入るとバザールが自然発生的に再開、更に一転して改革開放政策に変わると、中央アジアと接するカシュガルが息を吹き返し、膨張する中国経済が辺境の地の石油と鉱物資源を力に経済発展を加速させた。省都烏魯木斉と鉄道で繋がり、カシュガル空港には国際線が就航している。】
48歳の息子と2人で、スマホの翻訳アプリと、私の頼りない中国語の会話力を頼りに、無謀な旅にでた。9月29日、今年は日本も暑さが続いていたが、カシュガルは、真夏の暑さだった。
けれど、湿度が低いため空気が爽やかで、日陰に入ると涼しいくらいだ。飛行場から路線バスを乗ってホテルへ向かった。新疆最大のイスラム寺院エイティガール寺院近く古びているが、豪華な作りのホテルで、繁華街の真只中にあった。商店街が近くにあり、歴史を感じさせる彫刻で飾られた店があり、ウイグルの人々の暮らし振りが伝わってくる。ところが、よく見ると商店街の半分近くが閉店状態にあった。幹線道路の向かいにあるスーパーや大型店は最新流行の商品で溢れていた。漢民族と先住民であるウイグル人の生活水準が明らかに違っているのだ。
翌日息子の案内に任せ、まず、タクシーで家畜市場を訪ねた。牛、ヒツジが多く、可愛らしい白色の子山羊もリヤカーに乗せられていた。市場に至る途中の道路の両側に、日用品売り場が並び、市場の入り口近くには皮を剥がれた羊の枝肉を販売用の生肉へ加工している現場があり、その肉を串刺しにし、たれを付けて売られていた。山羊の乳は搾ったその場で売られていて、観光客らしい人々が列を作って待っている。ハミ瓜を切り売りする老いた農夫がいる。家畜の首に提げる鈴やロープの実用品も土産物として売っている店がある。串刺しの肉は軟らかく美味しかった。ハミ瓜も熟しきった自然の甘みとみずみずしさがあり、高級なマスクメロンより遙かに美味しく感じられた。会話班の金野老師が「ハミ瓜を食べなきゃ、本当に美味しいのよ」と言っていたことが、食べてみて心から納得した。距離を置いて市場を眺めると、ここには人間本来の暮らしがあるように思えた。
旅行案内に紹介されている観光地をバスとタクシーを使って巡った後ホテルに戻ったが、一休みしていると近くの商店街の店の前に夜店が出現した。夕食を兼ねて夜店巡りをした。ウイグル人が営む夜店で、食べ物、飲み物、衣服、調理用具、日用品等生活に必要な全てのものを生産者が直売している風景だ。後で解ったが、夜店は毎日違った顔だったので、順番に店を出しているらしい。ヒツジの頭部の肉と麺を食べた。茹でた麺の上に汁なし野菜と肉のあんをかけたシンプルな作りながら、麺がモチモチして歯ごたえがあり、独特のおいしさだった。かつて、東博の勝木先生から講義を受けた「麺はシルクロードを通じて伝わってきた」と聞いたことを思い出した。麺のルーツ味をじっくりと味わった。
 旅行案内に紹介されている観光地をバスとタクシーを使って巡った後ホテルに戻ったが、一休みしていると近くの商店街の店の前に夜店が出現した。夕食を兼ねて夜店巡りをした。ウイグル人が営む夜店で、食べ物、飲み物、衣服、調理用具、日用品等生活に必要な全てのものを生産者が直売している風景だ。後で解ったが、夜店は毎日違った顔だったので、順番に店を出しているらしい。ヒツジの頭部の肉と麺を食べた。茹でた麺の上に汁なし野菜と肉の餡をかけたシンプルな作りながら、麺がモチモチして歯ごたえがあり、独特のおいしさだった。かつて、東博の勝木先生から講義を受けた「麺はシルクロードを通じて伝わってきた」と聞いたことを思い出した。麺のルーツ味をじっくりと味わった。カシュガルで2泊したが、もっとジックリ味わいたいとの思いを残しながら次に向かった。